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タグ:大内義長

大内義長は大内氏第17代、最後の当主。大友宗麟の弟。陶晴賢に神輿として担ぎ上げられ大内の当主となるも、陶晴賢が毛利氏に敗れると義長には求心力なく、大内は衰退する一方に。毛利氏の山口に侵攻に伴い高嶺城を捨て長門且山城(下関市の勝山)へ敗走。最終的に長門長福寺(現在の功山寺)で自刃し、ここに大内の系譜が終わる。

【山口県百名山】高嶺城跡にハイキングに行ってきたよ

自粛で鈍り切った体に活を入れるため、地元の鴻ノ峰(こうのみね)にある高嶺(こうのみね)城跡までハイキングに行ってきました。 高嶺城は別名、鴻の峰城、鴻之峯城、鴻峰城、高峰城と書かれますので、上記は誤字 […]