高規格道の小郡萩道路ができてから立ち寄ることの少なくなった道の駅みとうですが、建物の裏にはビオトープがあったり、無料休憩所があったりしてなかなか落ち着ける場所なんです。
今週、秋吉台ハイキングの前に久しぶりに道の駅みとうに寄りまして、いなげな大仏像の意味が分かりましたので皆さんにもお伝えしたいと思います。
あと、道の駅みとうでお薦めのポテトチップスの話も。
道の駅みとうの大仏像
道の駅みとうのトイレの横にはファニーフェイスの大仏像があるんです。
ね、ファニーでしょ。
「観光用に変なもん置いとるなあ」とこれまでスルーしていたのですが、今日初めてこの大仏像に近寄って台座の説明文を読んだんです。
要約すると「ビオトープのある川として建設大臣から郷土賞をもらった」ことが刻んであるのですが、そこはどうでも良くて、気にすべきはその下、町長のサインの前です。
奈良の大仏様のふる里 美東町
それで大仏像だったのかー!とひとりごちてしまいました。
というのが、この道の駅みとうのすぐ先に、奈良の大仏(東大寺盧舎那仏像)の鋳造時に銅を送った日本最古の銅山、長登銅山(ながのぼりどうざん)があるんです。
長登銅山の道は三隅へのショートカットで昔から使ってまして、かつ資料館にも何度か足を運んだことがあるのですが、どうして今までこのファニー大仏とリンクしなかったのか。
それは観光用のお遊び大仏なんてと、そこで考えることをやめてしまっていたからです。「心ここにあらざれば視れども見えず」ってやつですね。
ここに己の不明を恥じ、改めて歴史を再認識したいと思います。
美祢市美東町長登には、昔から「奈良の大仏に銅を送ったので奈良登が訛って長登になった」という伝説がありましたが、長登銅山跡の発掘調査や奈良の大仏創建時の銅塊の化学分析から、奈良の大仏の原料銅が長登銅山産であることが判明し、奈良登伝説が真実であることが分かりました。
長登銅山は日本最古の銅山として有名ですが、発掘調査で大量に出土した木簡の中に、光明皇后へ銅を送った記録もあります。聖武天皇と光明皇后は、当時の国民約260万人の力を得て、世界最大の鋳造仏を造営したのですが、約500トンといわれる銅の内、どれだけの量が長登銅山産かはよく分かっていません。
これらの資料や木簡などが「長登銅山文化交流館」に展示してあり、天平時代の大仏も復元されています。
ここから北へ3kmですので、見学をお勧めします。
とのこと。ああ、スッキリしたー。
美東はごぼうが名産品でして「美東ごぼうポテトチップ」なんてごぼうなのかポテトなのか分からないスナックが売店にありました。ファニーな大仏様がフューチャされたインパクトのあるパッケージに「奈良の大仏様のふる里 みとう」のラベリング。情報過多な気もしますが、すべて大仏様のあっけらかーんとしたお顔と後光で許せる気がします。
これでもう覚えました。二度と忘れられませんw
追記:美東ごぼうポテトチップを食べてみた
ここからは追記です。せっかく買ったなら食べてみないとだし食レポもお伝えしないとね。
はい、それでは結論を。
美東ごぼうポテトチップの正体はごぼうの香りと味がする厚切りのポテトチップスでした。
いや、なにこれ。風味豊かだし、ザックザクの食感でめちゃめちゃ美味いじゃん。
ふるさと納税の返礼品に入ってたら買うのになあ。