その日、私は、なにかに魅せられたように権現山へと向かったのです…
権現山へ
その権現山は福栄にあります。
萩の松陰神社から福栄村に向かう道の途中に権現山への道標がありました。
道へ入ってからも要所要所に道標があり、最後は車一台がやっと通れる道となりました。
権現山は標高464メートルで、山頂からの眺望は雄大で、三角州の城下町「萩」を眼下に、遠くは日本海の荒海にかすむ孤島見島まで見渡すことができ、北長門海岸国定公園の美景が一望できます。山頂には金峰神社の祠と測量の基点である一等三角点が埋設されています。
権現山の看板
看板を左に曲がり坂を登っていきました。
車を停められるところはないかと探して行ったり来たりしましたが、なんのことはない坂を上ってすぐの右手が駐車場でした。
権現山の駐車場は広く、詰めれば20台くらいは車が停められそうです。
この日は私一人…です。
駐車場の奥にはトイレがありましたが、なにか近づくのも怖いと感じたのでこの日は寄っていません。
権現山 登山
この権現山には初めて来たのですが、先ほどの看板と駐車場からおそらく駐車場横が登山口なのでしょう。
近づいてみます。
看板になんと書いてあるのか読めません。「これより結界」なんて書いてあるのじゃなければ良いのですけれども…
向こうに山道が見えますので、きっと猪よけの柵だと思います。
閂になっている鉄筋を引き抜いて柵を開け、中に入ったら自分で閂をかけます。これで、もう、逃げられません。
こちら柵から先を見渡した絵面です。地元の方の手入れでしょうか、林道風でかなり踏まれています。
赤土なので場所によっては滑りますが、道は全体に明るく快適。
蜘蛛の巣も手で払える程度しか張っていませんでした。
蜘蛛の巣が張っているということは、少なくとも今日は私が初めての登山者ということです。
道の左右に灯篭。看板どおり山頂に金峰神社様があるのでしょう。
ここは参道ということになります。
鳥居などの高い位置にかかる額を扁額(へんがく)とか神額と呼びます。
灯篭の下に割れた扁額が立てかけてありました。
もともとこの辺りに鳥居があったのかもしれません。帽子を取り一礼をして、神域へと踏み込みました。
一人だと獣が怖いのでついつい早足で歩いてしまいます。
権現山は傾斜も距離もなく、10分足らずで山頂に到着できます。
権現山 山頂
最後の階段を上ると綺麗に刈り込まれた広場がありました。正面には金峰神社様。
それにしても神域にふさわしいシンした場所です。
この日は風もなく、私のリュックに取り付けたモンベルの熊鈴だけがガランガランと音を立てていました。
金峰神社様は、苔むした風合いのある小さな鳥居の向こうに祠があるのみ。
奉納された方のお名前が掘ってありました。
お社をよくよく拝見してからお賽銭を入れ、ご挨拶。
「山口県山口市の○○から参りました立石でございます。今日はお山にお邪魔いたします。」
ご挨拶が終われば散策です。
最初に左手の開けた景色が気になりました。
権現山は萩からかなり山に入ってきたイメージかつ登った感じも低山でしたが、なんと萩市に向かって大きく開けた眺望がありました。
正面に指月山(萩城の裏山)が見えます。この山の登りがあまりにもあっけなかったので、後で指月山も行ってみようと密かに決めました。
でもその前に、権現山の一等三角点を押さえなければ!
そう。今日の目的はこれだったんです。
ところが、刈り込まれた広場を見渡しても一等三角点が見当たりません。
そして進めそうな道はただ一つ。金峰神社様の右手奥です。
蜘蛛の巣を払って数mほど進むと三角点らしき石が見えてきました。
こちらが権現山の一等三角点です。
これまで見てきた三角点よりも若干大きいような気がします。そして立て直したのかと思うくらいに綺麗です。
この三角点の基準点名は「唐人山」ですが、地図を見ると近くに唐人山という別の山があるんですね。
地図から判断するとあの三角にとんがった頭が唐人山です。
なぜ権現山に近くの唐人山の名前を冠したのか。まったくもって不思議です。
背後からチリーン…と鈴の音が…
さあ。見たいものは見たしこのあたりで撤収しましょう。
最後ということで、帽子を取り、金峰神社様に再び深々と頭を下げました。
声を出して「お邪魔いたしました。」と言ったその瞬間、背後からチリーン…と鈴の音が響いたのです。
高音の熊鈴のような音…
ああ、誰か次の方が登ってこられたのだなと、笑顔で振り返りましたが、そこには誰もいませんでした。
あれ? 遠くの音かな? と聞き耳を立ててみましたが二度目の音は鳴りません。
いや、音はもっと近くから鳴ったのです。耳元のような、右後ろのような。
風鈴か?
右後ろの木に風鈴を探してみたのですが、もちろん風鈴などありませんでした。なにより先ほどから風など吹いていないのです。
風鈴でもない…
そうか!リュックに入れたケータイが鳴ったんだ。そうに違いない!
リュックからスマホを取り出して確認すると通信はOFF。新着のバッチも付いていません。
それに、あんなに高い熊鈴のチリーンとした音は携帯のリングベルに登録していないのです。
可能性が出つくして、急に心臓がバクバク。冷汗が出てきました。
なにせ、誰もいない、音もない山頂に一人なのです。
そこからは転がるように坂を駆け下りました。
そして、下りの間、私は誰にも会わなかったのです。
あの音はいったい…
一人で山を歩いていると、妙に視線を感じたり、後ろからなにかが追いかけてきているように感じたり、誰かに呼ばれたように感じることがよくあります。まあ、あんなにハッキリと音が聞こえたなんてのは初めてのことなんですけれども。
実は、金峰神社様にお参りした際に奉納された方のお名前が妙に心に引っかかりましてね、私、今日は緑基調の格好をしていたものですから、軍人さんと思われちゃったのかなーと。
駐車場まで戻って少し落ち着いてから考えてみると「お邪魔いたしました。」からの「萩まで乗せて行けよ!」ってお言葉の代わりかなと、そういう風に理解することにしました。
なので車の中で「萩城に着いたら降りてくださいね」なんて独り言をつぶやいちゃいました。これじゃ僕、変人みたいですけど、でも他に可能性がないんだからしようがない。
一人で山を歩いてればこんなこともあるよって感じで、秋の怪談でした。
追記
道中をかなり端折りましたが、権現山は一人で歩くにはなかなか深い山です。
誰か一緒に登ろうよ。一人は怖いよ。マジで。
チリーン